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東京高等裁判所 昭和42年(う)584号 判決

被告人 原田喜好

主文

1  原判決中被告人に関する部分を破棄する。

2  被告人を懲役一年六月に処する。

3  原審における未決勾留日数中九〇日を右本刑に算入する。

4  ただしこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

5  右執行猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

6  当番における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山本雅彦、同河野光男が連名で差し出した控訴趣意書ならびに控訴趣意書補充申立書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。

論旨第一点(事実誤認、理由不備、理由のくいちがい)について

原判示第三の事実は、原判決がかかげている関係証拠により十分に認めることができ、記録ならびに証拠物を精査し、当審の事実取調の結果に徴しても、原判決の右事実認定に、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認の疑いはなく、また、理由不備、理由のくいちがいがあるとは考えられない。

(一)  所論は種々理由をのべて、原判決がかかげている右関係証拠中、とくに有力な証拠というべき原審証人中西成、同中西良、同内藤友清、同杉浦みよ子の原審公判廷における各供述が、いずれも措信できない、と主張する。そこで考察するに、右供述を、

(イ)  当審証人内藤友情、同杉浦みよ子、同中西成に対する各証人尋問調書

(ロ)  中西成の検察官に対する昭和四一年八月一八日付、同年九月二日付各供述調書

と対比してつぶさに検討すれば、該各供述がすべて優に信用するに足ることを認めることができるので、右主張を採用することができない。

(二)  また所論は、原判決がかかげている関係証拠中、

(イ)  被告人の原審公判廷における供述

(ロ)  被告人の検察官に対する昭和四一年八月三〇日付供述調書は、いずれもその内容が本件犯行を否認しているものであるのに、これを挙示しているのは、理由不備、理由のくいちがいがあると主張する。なるほど右両証拠はいずれも本件犯罪である恐喝未遂の事実を否認しているものであるが、右両証拠を除いても、右以外に挙示されている各関係証拠を総合すれば、本件犯罪事実を十分認定し得るので、原判決には、この点につき、理由不備、理由のくいちがいがあるとはいえない。したがつて所論もまたこれを容れることができない。

そこで論旨は理由がない。

論旨第二点(訴訟手続の法令違反)について

所論は、刑事訴訟法第三一五条の二但書にいわゆる「被告人又は弁護人に異議がないとき」とは、弁護人のつかない場合を予想した文言であって、弁護人のついている事件の場合には、被告人、弁護人の双方に異議がないことを要するものと解すべきである、しかるに横領事件に関する原審第四回公判調書によれば、「簡易公判手続の取消決定をしたが、検察官および被告人に異議がないので、公判手続を更新しない。」と記載されていて、弁護人に異議がないことが記載されていない、したがつてこの場合には、公判手続を更新しなければならないのに、原審がこの挙に出なかったのは、訴訟手続に法令の違反があり、この違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである、と主張する。そこで考察するに、右但書にいわゆる「被告人又は弁護人に異議がないとき」とは、弁護人のついている場合には、被告人、弁護人の双方に異議のないときと解するのが相当であること、および、右公判調書には弁護人に異議のないことが記載されていないことは、いずれも所論のとおりである。しかしながら、右公判調書によれば、弁護人は右公判期日に在廷しながら、被告人が異議がないとのべたのに、自らは何ら異議をのべた形跡がなく、手続がそのまま円滑に進行して、次の段階に移行していることが見受けられるので、公判手続を更新しないことにつき、弁護人もまた異議をのべなかったことを推認することができる。よって、原審には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がないというべく、所論は理由がない。

論旨第三点(量刑不当)について

所論は、被告人に対する原判決の量刑が不当に重いというのであるが、記録および証拠物を精査し、かつ当番の事実取調の結果をも斟酌し、これらに現われた本件犯行の罪質、態様、動機、被告人の年令、性行、経歴、家庭の事情、犯罪後の情況、本件犯行の社会的影響など量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察し、とくに、

(一)  所論の指摘する、原判示第一の事実につき、

(イ)  本件犯行に際し、被告人は積極的、計画的ではなかつたこと、

(ロ)  被告人が本件行為に出るに際しては、他人の物を私するというよりは、これによつて皆川唯男に対する自己の債権を回収するという気持が強かつたこと、

(ハ)  本件被害は完全に弁償されて、すでに実害はないこと、

(ニ)  被告人は本件を深く反省し、暴力団と絶縁し、バー、喫茶店を経営して正業に励み、改悛の情が明らかであること、

(二)  被告人には、昭和二三年三月強盗罪で懲役刑を受けたほか、昭和三二年七月一五日静岡地方裁判所吉原支部において、銃砲刀剣類所持等取締令違反罪により、懲役四月に処せられたことがあるが、それ以外には前科がないこと、

(三)  原判示第三の犯行は未遂に終り、被害がなかつたこと、

等被告人に有利な諸事情を総合すれば、原判示第三の犯行は、被告人が原判示第一の行為により逮捕、勾留され、保釈になつてからわずか二日後になされたもので、また、その罪質、態様が必ずしもよくないこと、

その他、被告人に不利な情状を斟酌しても、被告人に対しては、実刑を科するよりも、長期間の執行猶予にして、被告人を社会においたまま罪のつぐないをさせるとともに、更生の機会を与え、なお、その間保護観察に付して、国家機関による補導、監督に委ねるのが相当であると思料する。そこで被告人に対する原判決の量刑は不当に重いと考えられるから、論旨は理由がある。

よつて本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条により、原判決中被告人に関する部分を破棄した上(主文1)、同法第四〇〇条但書の規定に従い、さらに、自ら、次のように判決をする。

原判決が認定した事実に対する法律の適用は原判決摘示のとおりであるから、これを引用し、その処断刑期範囲内において、被告人を懲役一年六月に処し(主文2)、刑法第二一条により、原審の未決勾留日数のうち九〇日を右本刑に算入し(主文3)、情状により、刑法第二五条第一項に従い、この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、同法第二五条ノ二第一項前段により、右執行猶予の期間中被告人を保護観察に付し(主文5)、なお当審の訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い、全部被告人に負担させることとして(主文6)、主文のように判決をする。

(裁判官 河本文夫 東徹 藤野英一)

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